JRPS患者の会講演会から

2010年8月1日 郡山講演内容

網膜再生治療でできること、できないこと

網膜色素変性症 もうまくしきそへんせいしょう にはいろいろなタイプやいろいろな段階の患者さんがおられますが、一つ共通して言える事は、慢性の疾患なのでずうっと付き合っていかなくてはならないという事です。治すとか元通りにするという期待は有りますがそのことだけを考えていると、うまく付き合えないですね。相手を知ってうまく付き合っていく事が必要です。

例えば突然検診で 網膜色素変性 もうまくしきそへんせい だと言われます。何の事か、どういう病気なのか、何も解らずにただ不安になる、闇雲に悩むという段階があります。すみません、これを初級と呼びます。何年か経って病気がわかった、治療法が無いと言われている事も頭ではわかった、けれども心では治療法がどこかにあるのではないか、あるいはすぐ治療法が出来るのではないかと考えて、探し続けるという方が多いかもしれませんが、病気を取り除かなければいけないという考えに支配されている間は、ぐるぐる堂々巡りということが多いように思われます。この段階は中級です。

一方で私達は患者さんから学ぶ事が非常に多いのですが、実際この病気の患者さんで、病気の状態や自分の状態を理解し、ゆっくり進行していく中であらゆることにチャレンジしていらっしゃる方が沢山おられます。

色素変性は現在確立した治療法はほとんど無いので、 我々 われわれ が専門外来でやっている事は、なるべくそんな上級者とも言える患者さんと同じような心持になって生活を豊かにしていただくための外来です。それはロービジョンケアを担当しておられる先生方もまったく同じ気持ちだと思います。

初級から中級の患者になるためには、自分の状況を知る事が必要です。今日の前半はどういう病気なのかという初級者向けのお話です。最後に上級者向けの再生医療研究のお話しをします。

まず大事なのは自分の矯正視力を知るということです。外来で患者さんにどうですか?と聞くと、ほとんどの方が「どんどん見えなくなります。」とおっしゃいます。ところが視力を測るとそれほど低下していないことも多く、進んでいると思って余計に不安になっている方が多いように思います。ですから自分の矯正視力を知ると、それが1年前と比べてどう変わっているかがはっきりわかって、本当に進行しているのか、そんなに気にしなくていいのかがわかってきます。ここで裸眼視力は網膜の機能とは全然関係有りませんから気にしないでください。

目が悪い、見えにくいというのは物凄く主観的なものです。生まれた時から矯正視力が0.2とか0.3という人は沢山いますが、そういう方は普通に暮らしておられます。一方、何らかの原因で本当に見えなくなった後に、治療して0.3まで見えるようになるとすごく良くなったと大喜びします。ところが1.0の人が0.3になりますと見えなくなったと強く感じられます。他の人がどう見えているかというのは全然解らないので、同じ目の状況でも必要以上にひどく思えているかもしれません。あるいは、逆にこの病気の場合、視野は非常に狭くなっているのに「こんなものだと思っていました。」と気付いていない人も多くいます。

このように目が見えにくいというのは主観的で比べることが難しいのです。客観的にどれくらいの視野でどれくらいの矯正視力なのかということを知ってください。

0.4くらいまでは普通に生活できます。老眼鏡をかけても新聞の字が見えにくいなというのが矯正視力0.4くらいです。そうなったら読む為の道具が沢山有るので対策を考えてください。まずはルーペでしょうか。そして矯正視力が0.1を切りますとルーペでは読みにくくなりますが、拡大読書機など読む為の道具は沢山ありますから書字読字をあきらめないでください。

今日のテーマは「網膜再生で出来る事、出来ない事」ですが、もうひとつ、あきらめる事とあきらめてはいけない事をお話します。聞いていると、あきらめたらいけない所をあきらめて、あきらめなければならない所をあきらめない人がいるからです。

夜見えにくくなるとか、視野が狭くなる、視力が低下するということは、仕方がない部分があってあきらめなくてはならないこともあります。しかし、視力が低下してくると「もう字がよめません」と、全部あきらめるんですね。何処をあきらめて何処をあきらめたらいけないか、ということが一緒くたになっている人が多いのでもったいない。よく考えてほしいのです。

病気や遺伝に対して全然不安に思わなくてもいい人が不安になっていたり、字を読むことや歩く事に対して直ぐにあきらめてしまう人もいます。それも人によっては様々です。この間驚いたのは視力が0.1以下で視野が3度くらいの奥さんが親の介護をしているというんですね。そのような人もいれば0.4有っても「もう読めません、歩けません。」と言って全部世話をしてもらっている人もいらっしゃいます。

前置きが長くなりましたが、病気を知る為にはどうして見えているか、どうして見えなくなるかと言う事を知っていただかなくてはなりません。

どうやって物が見えるか

眼球はボールの形をしていて中に透明なゼリーのような硝子体(しょうしたい)というものが詰まっています。そして眼球の奥の内側に網膜という膜が張っています。前から入ってきた光は硝子体の中を通って網膜が受け取ります。次に視神経と言う束を通って脳に信号を伝えます。

網膜が光を受け止めますが、三層構造の0.5 mmくらいの薄い膜です。色素変性は、3層構造の一番外側で視細胞と言う光を受け取る細胞が集まっている層が遺伝子の間違いによって悪くなります。最初に光を受け取る網膜の1層目が悪くなるのが 網膜色素変性症 もうまくしきそへんせいしょう です。

網膜の病気は沢山ありますが、 網膜色素変性 もうまくしきそへんせい は今言ったように網膜の1層目だけが悪くなります。後でお話をしますが再生によって1層目を治せば2層目3層目は残っていますからうまい具合に信号を伝えてくれるだろうと思っています。糖尿病や網膜の血管がつまって見えにくくなる病気などは2層目、3層目が悪くなります。3層目は視神経で脳に繋がっていますから、それを直すのはまだまだ至難の技です。

網膜色素変性は他の病気と違って1層目だけが悪くなるので再生に適していると考えられています。網膜の1層目が受け取った信号が2層目、3層目と伝わって視神経を通って脳まで行きます。

では見えないと言うのはどういう状況かというと、一つは透明なところを光が通りますから、角膜や水晶体が濁ると視力が落ちて見えにくくなります。そのような場合は透明に戻す治療がありますから先進国では大抵解決がつきます。白内障では水晶体が濁りますから透明な人工レンズに変えれば見えるようになります。

網膜は透明な部分のもっと奥にあります。光を受け止める、カメラで言えばフィルムの部分が悪くなっているので手術では治りません。

次に見えないとはどういうことか。

私達は「どのように見えませんか?」と聞きます。さっき言ったようにまず矯正視力と裸眼視力を区別して頂かなくてはなりません。裸眼視力は近視や乱視があると当然下がりますし、体調や日によっても違います。矯正視力はそれとは違って、眼鏡や眼科でレンズを入れて計れば網膜の能力をきちんと出してくれます。ですから裸眼視力が0.1でも全然心配ないのですが、矯正視力が1.0なかったら網膜の中心部がおかしいと言う事になります。ですから裸眼視力ではなく矯正視力がいくらなのかでいつも考えてください。

親戚の話をする時も、「親戚に目の悪い人いますか?」と聞くと、いつも眼鏡を掛けた人の話しに成りますが、私達網膜の専門家は、眼鏡をかけているのが目が悪いと言う事ではなくて、矯正視力が重要と考えています。

矯正視力は網膜の真ん中の2ミリくらいのところで出しています。周りの網膜は何をしているかというと視野を作り出しています。網膜自体は眼球の裏側全体に貼りついている広い壁紙のようなものです。「視野」と「視力」は使う網膜の場所が違いますから、並行して悪くなるわけではありません。どちらかのみが悪くなる人もいれば両方悪くなる人もいます。

ここで大事なのは視力と視野はまったく別ですから、それぞれどちらがどうかという事を自分で把握する事が大事です。色素変性の見えにくさについて初歩的な事をスライドに書き出しました。遺伝病とか失明と言った言葉が出てきてしまいますが、教科書的なレベルの知識と実際は少し違いますよと言う話をします。これは眼科の授業で使うスライドで、教科書通りの事を患者さんに話していたらいけませんよと言う為のスライドです。

色素変性の視野で代表的なのが輪状暗点と言って、ドーナツ状に見えない部分(暗点)ができるという特徴があります。そのドーナツ状の外側に見えにくい部分が広がっていって中心だけが残ると言うのが典型的な 網膜色素変性 もうまくしきそへんせい の場合の特徴です。この輪状暗点とか中間部分がポツポツ見えないという時には、普通は自分で気付きません。知らずに過ごしていて、普通に運転しているような時期です。この状態で見えにくさを訴える人はちょっと神経質になりすぎかもしれません。

逆にびっくりするのですが、少しずつ視野が狭くなっても通常10度のところで一旦止まりますが、そのぐらい狭い視野であっても視力がよければ、全然気付いていない人もいて、平気で暮らしている人もいます。

視野と視力は違いますよと言う事ですが、病気によってどちらが悪くなるかも違います。色素変性は周囲が見えづらくなって真ん中が残ります。 黄斑変性 おうはんへんせい という病気は逆で、網膜の真ん中が悪くなるので、周りは見えているけれども真ん中だけが見えなくなります。真ん中は視力を出す所ですから視力も低下します。

ですから大きく分けて網膜の病気では視力が悪い視覚障害と視野が悪い視覚障害があります。こういうことは一般の人には全然伝わっていません。だから皆さんも白杖を突いていて困るところだと思いますが、一般の人は見えないというのは、全然見えない事と思っているので色々な軋轢があるわけです。

視力の話でいきますと失明には定義が沢山ありますから、失明と言っても真っ暗になることとは違います。見えにくくなるけれども真っ暗になる人は数パーセントしかいません。ただし、社会的失明の定義である矯正視力0.1以下で字が読みにくい状態になる可能性は十分あります。ですから1.0を切って0.7くらいになりましたら少し将来の仕事などを考えていかなくてはなりません。

真ん中だけが見えない場合、視力が0.05以下になるとWHOの定義では失明なんですね。でも視野が正常であればすたすた歩けるわけで普通に生活しています。逆に色素変性のように視野が狭くても、真ん中が残っていて1.0の視力があれば机の上で細かい文字を読んでいくらでも仕事が出来るのですが歩きにくい。このような人も視野が10度以内にせばまっていればWHOの失明(blindness)の定義の中に入ります。

このように視覚障害には色々なタイプが有りますから、人と比べにくいところもありますが一つ大事なのは、一般の方々にもそれがわかるように、患者さんが広めていく必要があると感じます 。

何が必要か

色素変性の外来をしていて、ある時、受診される患者さん方にとって何が必要かという統計を取ってみました。そうすると他で違う診断を受けているなどで改めて正確な診断が必要な人が2%いました。白内障手術が必要な人、あるいは黄斑部に浮腫(水ぶくれ)が出来るなどで治療が必要な人が5%弱いらっしゃいました。医療が必要な方はそれだけでした。実は外来をやっていますと医療が必要な人、つまり私達医者が何か出来る患者さんは10%ぐらいしかいないんです。

では他に何が必要かというと情報なんですね。病気がどのようなものなのかということや、遺伝・自分の進行具合に関する情報、あるいは今の眼の状況で生活上何が有用かというロービジョンケアも必要です。

情報については皆さんそうだと思いますが、「どのように進行しますか?」「失明しますか?」「遺伝しますか?」「治療法はありますか?」ということをお知りになりたいと思います。これはなかなか情報として伝わっていないように感じます。何故かと言うと一つにはドクターが専門でないと難しいというのも有るかもしれませんが、ドクター側から患者さんに聞いても正確な情報をお持ちでないということもあります。

「どのように進行しますか」という質問に答えたくても「どう進行してきましたか?」というのが教えていただけない。あるいは以前の矯正視力はどうでしたかと聞いても答えが無いのでわからないんですね。どう進行していくかを知りたければ今までの自分の進行具合を知ってください。つまり、視力と視野の経過を自分で知っておいてください。

次に「子供に遺伝しますか?」という質問があります。遺伝病と言うと遺伝するというイメージがありますがそうではありません。遺伝子が原因の病気であるという意味で必ずしも遺伝するという意味ではないのです。遺伝するかどうかを知るためには親戚で同じ病気の人がいたかという情報が必要なのですが聞いても解らないのでこちらも答えられないのです。おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、いとこに病気が有ったかどうかの正しい情報があればお答えできると言う事です 。

次に進行パターンをお伝えします。

自分はどれに当てはまるかを考えてください。 網膜色素変性 もうまくしきそへんせい には三つパターンがあります。

一つは視野の狭まりと同時に視力も1.0から0.8、0.7となる方です。

一方、そうではなくて視野が進行しているけれども視力は1.0以上ある方もいます。この二つのタイプで進行は全く違うのでどちらに当てはまるかを考えてください。視野は進行したけれども視力が1.0有りますと言う人は、網膜の真ん中の視力を出すところが元気なんです。網膜の細胞は真ん中と周りとでは種類が違うので、このような人は一生真ん中の細胞が元気と言う方もいらっしゃいますし、視力が低下しにくいですね。

色素変性の診断を受けても視力が1.0有りますと言う人は、視野が狭くなるので車の運転を徐々にやめていくなどの必要はありますが、とりあえず見えなくなることは考えないでください。それとは逆で視野の進行と共に視力のほうも0.8、0.7と下がってきましたというような人であっても急に進行するという事は有りません。自分の進行の速度については、矯正視力を3年前から並べてみるとわかります。働いている人にとっては、仕事が出来なくなる時期はいつかを考えながらの準備は必要ですが、何も出来ないとあきらめたり、すぐに退職してしまうのは違います。

3番目のタイプ、これはとても少ないのですが、ドーナツ状の見えない部分が普通は外側に向かって広がっていくのですが、希に中心に向かって広がる人がいらっしゃいます。外側は見えるので歩けるのですが、真ん中の視野が1度とか2度まで小さくなってしまうような人は、視力低下が始まると、0.7くらい見えていても字が読めない状態が2、3年で来る場合もあります。これはとても珍しいタイプですから殆どの人は違うと思います。視野の真ん中が10度残っていたら最後のパターンではありません。10度よりももっと狭いようなら視力低下が始まる可能性があります。どのパターンかを知っておくと心構えも違ってくると思います 。

次に遺伝病について

遺伝病というのは子供が発病すると言う事ではありませんし、遺伝子が遺伝すると言う意味でもありません。英語では遺伝子は(gene)で、遺伝は(heredity)で全然違う言葉なんです。必ず遺伝するということではありません。遺伝子が原因であると言うだけの意味ですね。

糖尿病でも高血圧でも、何でも遺伝子が関わっています。膵臓の遺伝子がおかしかったら糖尿病になるし、血圧に関係する遺伝子が悪かったら高血圧になるというように、外傷と感染以外は全ての病気に遺伝子が関わっていますから、そんなに特別な事ではありません。

遺伝するかどうかは個々によって違いますが、さっき言ったように親戚のどの人が同じ病気であったか、あるいは同じ病気の可能性があったかですね。親戚で若くして亡くなった方などでは病気でなかったかどうか、正確な情報は得るのは難しいですが、それが解らないとお子さんに遺伝する確率もわからないのです。

ポイントはお父さん、お母さんが同じ病気であったかどうか。父母が血族結婚かどうか。そして、母方のおじいさんが同じ病気だったかどうかです。それによって劣性か優性か隔世遺伝かと言う遺伝の伝わり方が変わってきます。優性遺伝の場合子供さんが発病する可能性は50パーセントですが、劣性遺伝の場合は血族結婚でなければ子供に出る確率は1パーセントもありません。これを良く間違えていて、劣性遺伝なのに子供に出るかもしれないと結婚しないとか子供を生まないと言う人が結構いらっしゃいます。

もうひとつ問題なのが優性遺伝の場合です。優性遺伝の家系(何人か同じ病気の方がいる家系が多い)の場合、年をとっても発病しない方は原因の遺伝子を持っていませんからその子供にも孫にもひ孫にも出ないんです。それなのにお父さんお母さんが病気だったり親戚に沢山同病の方がおられたりすると、結婚を反対されたり「貴方は子供を産んではいけないよ。」と言われるなどの悲劇が起こるのです。劣性、優性、いろいろな遺伝の伝わり方がありますから、よく知らなければなりません。ただし、親戚に誰もいないし、親も血族結婚ではないという患者さんが50パーセントくらいいらっしゃって、その場合は、遺伝のしかたは遺伝子診断じゃないと解らないのです。原因遺伝子がわかれば優性なのか劣性なのか、子供に伝わる確率がどうかがはっきり解ります。 我々 われわれ の病院では、遺伝子診断をやっていますが、それでも原因遺伝子が判るという人は少ないです。東北の和田先生が発表しておられますが、報告されている原因遺伝子を全部調べても日本では20%ぐらいの患者さんしか原因が見つかりません。遺伝子診断をしても原因遺伝子がわかるのは2割で、分からない方のほうが格段に多いと言う事です。ただし、原因遺伝子が見つからないから遺伝病でないという意味ではありません。まだわかっていない原因遺伝子がたくさんあるということです。

さて前半が長くなりましたが治療研究の話をします。

先ほども言いましたが網膜の3層あるうちの1層だけを治すと言うのが 我々 われわれ の治療です。ですから治療といっても、網膜の病気をすべて治せるというのではないし、ましてや元通りに見えるようにするのはとても難しい事です。

例えば色素変性で見えない人がよく見えるようになる治療と言うのは、脊髄損傷で手も足も麻痺して寝たきりの人が、いきなり100メートルダッシュできるようになるのと同じような治療です。脊髄の再生治療が始まったとしても、まず手を動かせるようになる、歩けるようになる、立てるようになると言った具合に長い年月がかかります。だけどまず手を動かせるようになると言う第一歩が必要で、 我々 われわれ はまずそれをやっています。

網膜の再生(細胞移植)については、100年間無理だと誰もトライしなかった事が、ここ10年でトライされているのです。

他にも色素変性の治療法は世界中で研究されています。一つは遺伝子治療で、これはアメリカとイギリスで始まって成功を治めています。ただし特殊な遺伝子の方なので一般には当てはまりません。

人工網膜に関しては、皆さん目に機械を入れるなんてと言いますが、今のところはこれが一番有望です。人工網膜の臨床研究は再生医療の10年も前から始まっていて、ドイツ、アメリカ、日本でもやっています。よく「人工網膜入れても光くらいしか見えないのであれば使えませんよね。」と言う声が聞こえますが、それは違うんですね。再生医療と同じで、どの治療もそこから始まるんです。それが出来たという事は100年間できなかった第一歩が踏み出せたと言う事で、今後人工網膜は解像度を上げて細かい映像をもっと見えるようにするという研究が進んでいます。恐らく10年後には大きな文字が読めるようなものが市販されるようになります。怪我で見えなくなった人が大きな文字をたどって読んでいるというビデオがありますが人工網膜はそこまで来ています。

それから網膜保護剤ですが、これもいろいろとトライされています。ひとつはウノプロストンの点眼薬ですが、皆さんご存知のように緑内障の治療に使われている成分が色素変性の進行を遅くするのではないかという科学的なデータが出てきています。新しい薬の治験といって製薬会社が行う検査ですが、3段階行われるうちの2段階目まで終わって、少し効果が有るだろうと言う結果が出ました。3段階目のテストをするのか、あるいはしないで発売するのかが、今から決定されるところです。ウノプロストン点眼薬という緑内障の目薬ですが、レスキュラとは少し濃度などが違うものです。これは発売されれば点眼薬として手軽に使えるものです。

それともう一つ私が有望だと思っているのがバルプロ酸というてんかんのお薬です。私はアメリカの学会で聞いてきましたが、色素変性の患者さんに飲んでもらったら視野も広がって視力も少し上がったと言うデータが出ています。これは飲み薬として既に出ているものなので神戸でも臨床研究をする為の準備をしています。

iPS細胞と言うのは、日本では山中先生がノーベル賞かとも言われていますが、作るときは患者さんの皮膚を5ミリくらい切除させていただいて、皮膚の細胞をお皿の中で増やします。その中に4つの特殊な遺伝子を入れます。そうすると不思議な事に皮膚であった細胞が、若返りをして受精卵の中に含まれていた細胞(ES細胞)と同じ状況になります。受精卵の中の細胞と言うのは赤ちゃんの体のあらゆるものになる細胞ですから、勿論皮膚や膵臓や心臓も出来るし網膜の細胞も作り出すことが出来るわけです。

今、原因遺伝子が解っている患者さんの皮膚をとらせていただいて、そこからiPS細胞を作って、さらにそこから網膜細胞を作ると言う技術を世界で初めて開発しました。

これは凄い事で、皮膚を取るだけで、患者さんと同じ遺伝子異常を持った網膜の細胞を手に入れて、今まで出来なかった研究が出来るようになりました。

一番何を知りたいかと言うと、この患者さんにはどの薬が合うかをしりたいのですね。こうやって患者さんの皮膚から取った細胞をiPS細胞にして視細胞を作りました。そうすると正常な方から作った視細胞は120日から150日の間に全然細胞の数を変えずに培養できるのですが、患者さんの皮膚から作った視細胞はやっぱり視細胞の数が減っていくんですね。それでどの薬が効くかというのをまずビタミンA、C、Eで試しました。

ここで驚いたのは、患者さんによって遺伝子が違うのでビタミンEが効く人とかえって駄目な人が出てきました。ビタミンAに関しては大きな違いは有りませんでした。(ただし、NIHというアメリカの研究所の大規模スタディではビタミンAは進行を2パーセントくらい遅くするというデータが出ています。)

このように人によって効く薬が違うんだなということが解りました。結局サプリメントでビタミンAだけを摂るというのではなくて、野菜ジュースなどでいろいろなビタミンを摂ることが必要だと思います。

DHA、あるいはルテインはデータは有りませんが一般的に網膜の中央の細胞にいいだろうと言われていますし、ビタミンCも保護効果があります。ただしビタミンAとEは体に蓄積しますから要注意で過剰に沢山のむという事はやめたほうがいいです。薬でなければいけないと言うのではなくて、同じ成分が食物にも含まれていますから、そちらを摂るのがいいと思います。

よく「ブルーベリーは効きますか?」などと聞かれますが、他のサプリメントを含めて科学的データがないものは解りません。「治ります」などと言って高い値段で売っているようなものにお金をつぎ込むのはやめましょう 。

次に 我々 われわれ の研究している再生の話です。

さっきは残った視細胞を保護する治療の話でしたが、再生では視細胞がなくなった場合に少しでも光がわかるようにしたい、あるいは0.02程度の視力にするのが目標です。

4年前、私達も大変仲良くしていて信頼出来るロンドンチームがネイチャーという雑誌に論文を発表しています。世界中の研究者が視細胞の移植は本当に出来るかもしれないと認めた初めての論文です。

スライドに映されている緑の細胞は移植した視細胞で、ただしこの実験ではESとかiPSは関係のない、若いマウスの網膜を大人のマウスに移植したものです。そうすると移植した細胞が綺麗に網膜になじんでいるんですね。網膜に入り込んでネットワークが出来ているだろうという結果が出ました。今までも網膜移植の経験はありましたが効いているのかどうかがわかりませんでした。しかしながら2006年の論文は、視細胞の移植はいずれ出来るようになるであろうと期待させるものでした。

私たちも細胞の移植実験をどんどんやっていっていい結果が出ています。以前はマウスに移植しても、移植した細胞が生き残らなかったんですね。それが今は移植した細胞が生き残るようになりました。あとやらなければならないのは移植細胞がひっついているだけでなく働いているかどうかを証明するという事です。おそらく長年の移植実験の経験から言うと、それらの移植した細胞は働き出すと思います。

しかし、移植した細胞が働いていることを示す検査法が無いのでそれを作っています。今まで一般にされていた検査方法では効果を正確に拾えません。それくらい微妙な効果なのです。けれども局所的には働いているであろうから、その微妙な効果を検出できる検査法を作るという事です。

移植する細胞についてはES細胞とかiPS細胞から移植に使う視細胞を作るところまでやってきています。お皿の中でたくさん視細胞ができていますが、色々な細胞が混ざっているのでそのまま移植すると悪い事がおこるかもしれない、腫瘍が出来るかもしれない、それでは駄目なので視細胞だけ選び出さなければなりませんが、そこがまだ出来ていません。視細胞はとても弱くて選び出す操作の途中で死んでしまいますからそこが一番の問題です。しかし人間は課題がわかっていれば解決しますので、純化する(選び出す)もあと5年以内にできるでしょう。それが出来て、同時に検査法も開発していますからそれが出来れば治療の準備という事になります。

それについて少し誤解を招きそうなのでご説明しておきますと、今の話は視細胞の移植です。視細胞と言うのは神経の細胞です。それは色素変性に必要な細胞です。もう一つ私達が研究している網膜細胞移植に網膜色素上皮細胞移植と言うものが有ります。これも網膜の一部で黒い細胞です。それは視細胞を助ける細胞ではありますが、光を受け取る細胞では有りませんので、視機能を直接良くするものではありません。別の病気の 加齢黄斑変性 かれいおうはんへんせい という病気が対象になっています。

網膜色素上皮細胞は純化、選び出すと言う作業は終わっています。茶色い細胞なのでそれだけピックアップして増やす事が出来ます。色素上皮の方は純化の段階も終わって非常に臨床に近くて、実際に臨床用のプロトコールという手順作りを現在は企業と一緒に進めています。3年以内に 加齢黄斑変性 かれいおうはんへんせい という病気の治療1例目をやりたいと思っていますが、視細胞移植はそれとは少し違いますので、網膜色素変性に対する視細胞移植は5年から10年以内には一人目の方にしたいという目標で進めています。

研究から臨床研究、一般治療を並べますと、人工網膜や特殊なタイプに行う遺伝子治療は臨床研究が進んでいると言うところです。でもまだ一般治療ではありません。網膜色素上皮移植はかなり臨床に近づいていて、研究を抜け出そうとしています。視細胞移植の方はもう少し研究が必要です。ここが終われば応用できるようになると言う意味ですが、さっき言ったように、光を見せる、あるいは「0.0いくつ」と言う視力を出すのが最初の目標です。ではそんな視力しか出せない治療だと駄目かと言うとそう言うことではありません。

例えば、治療法として皆さんご存知の内服治療があります。これは100年くらいの歴史があって、薬が出来た時から色々な事故を乗り越えてどんどん発達して来ました。ですから薬事法によってとても完成されたもので、最初から危険が極めて小さいし凄く効くと言う薬がどんどん出てくるわけです。一方で臓器移植という治療があります。これには危険が多いと言う事を皆さんご存知だと思いますが、現在はすごく効果が上がっています。内服治療もそうですが、最初は危険が大きく効果も少なかったのですが連綿とした歴史の中で発達してきたものです。再生医療というものは、臓器移植に対応するくらい大きな試みです。ですからいきなり完成している薬のようには行きません。徐々に完成させていかなくてはならない治療法と言う事です。時間をかけて改善していけばもっと効果のある治療になっていきます。

もう一つ考えなくてはならない事が安全性です。多くの患者さんが少しくらいのリスクはオーケーですとおっしゃいます。私達もそうです。日々の臨床の中でどれだけ危険な手術をしているかというと、皆さん想像出来ないくらい危険な手術をしています。例えば、iPS細胞で腫瘍が出来ると騒がれていますが、その危険は手術と比べてどのくらいの大きさの危険なのかを考えねばなりません。

今アメリカではどんどん再生医療の臨床応用や事業化が進んでいるし韓国も凄くて再生医療を進めて行こうとしています。日本では現状はたいへん遅れています。なぜかというと安全性が厳しすぎるのです。これは厚労省の問題かというとそうではなくて、実は一般の方々の中にも問題があるのです。薬害の報道を見ていると問題が見えます。危険はゼロにはできませんので、必ず効果と危険を比べて許容される危険の大きさを考えねばなりません。ところが、効果を考える事なく少しの危険も許さないというマスコミの風潮、それを鵜呑みにする人々の姿勢が規制の強化につながり、新しい治療をすすめることを妨げているともいえます。ここに、患者会の役割もあります 。

最後にロービジョンケアの重要性

最後にロービジョンケアの重要性を述べて終わりにしたいと思います。現在人工網膜では光を見せることが少しできるようになってきています。再生医療はまだ何にも出来ていません。10年後に1例目の患者さんに応用したとしてもぴかぴかと少し光って見えるだけかもしれません。一方で、ロービジョンケアを受ければ、現在でも白杖を使う事で歩けるようになるし、拡大読書機を使う事で0.1以下でも文字の読み書きができるようにもなります。私達の研究員は一生懸命研究していて4年間一日も休まなかった人もいます。細胞を培養するために一日も休めないのです。それを思うと少し使ってみて「拡大読書機は使いものにならない。」とおっしゃる方がいますが、研究員と同じように4年間の時間をかけて練習したら多分使えるようになると思います。是非そのような事にもご自身で取り組んでいただきたいと思います。以上です。

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