2017-8 研究成果報告 印刷用ページ(PDF)

ごあいさつ

 いつも網膜再生医療研究にご理解とご支援をいただきありがとうございます。

これまで、多くの支援者や協力してくれる研究者に支えられ行ってきた再生医療研究も滲出 型加齢黄斑変性を対象とした臨床研究では自家移植だけでなく、他家移植においても私た ちが目指していた安全性の検証ができ満足できる結果となりました。

そして、現在は当初から目標にしていた網膜色素変性を対象とした臨床研究の準備に入 り、私たちが目指してきた網膜再生医療研究は次のステップに進んでいます。

さらに、私たちの研究チームでは再生医療研究の枠にとどまることなく、AIロボットや車の 自動運転、冬眠・休眠、そして眼科機能解析や遠隔ロービジョンケアなどの研究も行って います。

これらはすべて、再生医療の完成に必要なものであると同時に視覚に障害のある「見え ない、見えにくい」人に対する支援となり生活の質を変革します。そして、さらに超高齢化 時代に向けて将来「見える」人にも役立つことを私たちは確信しています。

 私たちが目指す再生医療は単なる治療ではなく、「人」が目指す人生のゴールに達するま でに必要なすべてのケアだと考えます。

そのために性別や年齢、国籍に関わらず、見えない、見えにくい、そして見える人をも含む すべての人が一緒に楽しめる真のインクルーシブな世界の実現を目指しております。そして、 実現のために必要な活動をすべて行うという姿勢は今後も変わらず、常にニーズを追い求め ていくことになるでしょう。

 みなさまからいただくご支援は、一人の患者を救うだけでなく、世界を変える大きな原動 力となります。私たちが研究する環境を持ち、最先端と言われる研究が行えるのはみなさ まのご支援のおかげであることは間違いありません。

 これから先も研究を支えてくださっているみなさまと一緒に真のインクルーシブな世界を 築いていければ嬉しく思います。

 どうぞ、これからもご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

理化学研究所 生命機能科学研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト
プロジェクトリーダー
高橋 政代

1 iPS細胞を用いた臨床研究について

2 視細胞移植研究について

3 網膜炎症プロジェクトについて

4 遺伝子診断について

5 網膜変性疾患の病態解析と創薬研究について

6 眼科機能解析・遠隔ロービジョンケアについて

7 メラノプシンプロジェクト・光リハビリプロジェクトついて

8 冬眠の臨床応用について

9 細胞リプログラミングについて

10 ロボットとAIを駆使した細胞培養研究の自動化について

11 自動運転プロジェクトについて

12 神戸アイセンター構想 ~すべての人のNEXT VISIONを実現するために~

13 業績など

13-1 論文

13-2 雑誌・書籍

13-3 総説

13-4 学会

13-6 受賞

13-7 2018メンバー紹介

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1.iPS細胞を用いた臨床研究について

網膜再生医療への取り組み

  私たちは網膜機能の再生を目指し研究を進めています。その最初の一歩として、現在iPS細胞(注釈.1)から 作成された網膜色素上皮(Retinal pigment epithelium: RPE、注釈.2)細胞移植に関する臨床研究を行って います。RPEは感覚網膜の外側に一層の細胞膜として存在しています(注釈.3)。特に、RPE細胞は網膜の重要 な部分である視細胞と直に接し、それを保護することで、私たちの視機能を維持するために重要な役目を担って います。そのため、RPE細胞の異常が実に様々な網膜の病気の原因になることが知られています。

 私たちの最初の研究は、加齢によるRPE細胞の異常が原因で、ご高齢の方に多い眼の病気のひとつである滲 出型加齢黄斑変性(注釈.4)の患者さんを対象に、iPS細胞から作製したRPE細胞をシート状にしたものを患者 さんの網膜の下に移植することにより、視機能の維持または改善が期待される新しい治療法を試みるものでした。

 2014年9月、患者さんご自身の皮膚細胞から樹立したiPS細胞(自家iPS細胞)から作り出したRPE細胞シー トをそのご本人への移植する「自家移植」を、私たちが世界に先駆けて実施させていただいてから早くも5年が たとうとしています。その移植を受けた最初の患者さんには、現在も安全性上の問題は起きていません。視力の 大幅な回復こそはみられませんが、移植前の視力は維持されており、経過は順調です。

自家移植から他家移植へ

「自家移植」は自分の細胞を用いるため拒絶反応が起こりにくいという利点はありますが、患者さん毎にiPS 細胞を樹立しそれを用いてRPE細胞シートを作成するため、大変な時間と費用がかかります。そのため、今後は より多くの患者さんに、早く治療を届けることを目標として、京都大学iPS細胞研究所と協力し、特定の健常者 の血球細胞からあらかじめ作っておいた、拒絶反応を起こしにくい特殊なiPS細胞(他家iPS細胞)を利用する「他 家移植」を進めました。また、この研究では細胞をシート状にしたものではなく、準備と移植が便利な「細胞を 含んだ液(細胞懸濁液)」として、2017年3月に一人目の患者さんへの移植を行い、同年9月までに5人の患 者さんへの移植を実施しました。移植後1年間にわたり拒絶反応が起きないか?などを注意深く観察し、2019 年4月に5人の患者さん全員の経過観察が終了したこと報告いたしました。その結果、全ての患者さんにおいて 免疫抑制剤の投与なしにステロイドの投与だけで「他家移植」に対する免疫反応を抑えることができ、「他家移植」 が安全であることが移植後1年にわたり確認されました。結果の詳細については、現在論文として報告するため に準備を進めています(合わせて網膜細胞移植(他家移植)に向けた取り組みもご覧ください)。

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今後の私たちの取り組み:神戸アイセンターでの臨床研究

 皆様からのお力添えと臨床研究にご協力いただいた患者さんのおかげ様で得られました貴重な研究結果を慎重 に検討し、他家iPS細胞から作成された網膜細胞を用いてさらに安全で有効な治療方の開発を目指して参ります。 その一つとして、現在他家iPS細胞から作られた視細胞移植を、治療法がない重い網膜変性の一つである網膜色 素変性症の患者さんへ実施するための準備が進んでいます(合わせて視細胞移植臨床研究もご覧ください)。  2017年12月7日に、応用研究、臨床研究、治療、そしてロービジョンケア、就労支援へと途切れることのな いビジョンケアを実践する場として神戸アイセンターがオープンしました。今後は、今までの研究成果を生かし て安全性と効果を高めたRPE細胞に新たに視細胞移植も加え、網膜機能の再生を目指した臨床研究をこの神戸 アイセンターで進めてまいります。これからも本研究への皆様からの暖かいご支援とご理解を賜れますよう、ど うぞよろしくお願いいたします。

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注釈

  1. iPS 細胞とは
    皮膚や血液などの体細胞に、いくつかの因子(遺伝子)を入れることによって作り出された、様々な組織や 臓器の細胞に分化する能力(多能性)と、ほぼ無限に増殖する能力を持った、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)のことです。2006年に、京都大学の山中伸弥教授が世界で初めて作製に成功しました。
  2. 網膜色素上皮(RPE)細胞とは
     網膜の外側にあり、網膜を保護する役目を持つ細胞です。 RPE の機能が低下すると、網膜が弱って視力、視機能が低下します。私たちは、iPS 細胞から、生体から得られるもの と同等の機能を持つRPEを作り出すことに成功しており、動物実験によりそれが生体内で機能すること、腫瘍化など 安全性面で問題がないことを確認しました。
  3. (RPE 細胞の写真)
  4. 眼の構造
  5. 加齢黄斑変性とは
    加齢に伴って発症する網膜の中心部分(黄斑)の変性で、主な原因はRPE の老化(機能低下)によるものと考 えられています。加齢黄斑変性のうち、日本人に特に多い滲出型加齢黄斑変性は、RPE の下から異常な血管が生 えてきて網膜がダメージを受けるもので、現在の治療法としては、血管ができるのを抑える薬の眼球注射(アイリー ア、ルセンティスなど)が行われています。これは初期の症例には有効ですが、症状が進んだ場合には効果は低く、 視機能を維持・回復させるためには、網膜を保護するRPE の再建が必要です。

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2 視細胞移植研究について

研究の概要

 網膜色素変性は日本では約3000 人に1 人とされている遺伝性の変性疾患で、視細胞の中でも桿状細胞といわ れる、特に暗いところで光を感じる細胞が変性して失われていきます。なので、最初は夜盲症といって暗いところ でものが見づらかったり、進行とともに視野が狭くなって真ん中の部分しか見えない状態となっていきます(図)。 私たちはこういった変性疾患を対象としてiPS 細胞から作った網膜組織を変性した網膜の下に移植して、光を感じ なくなった部位が再び光や物の形がわかるようになるような治療を目指して研究しています。下の図では、中央の 部分だけ視細胞が残っていますが(黄色丸、断面図矢印の領域)、その周りの白い枠で示したような部位に視細胞 移植をすることによって、少し視野が広がったり、暗いところで光がわかったり、といった効果が期待できる可能性 があります。

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最近の研究成果と今後の取り組み

 2017年には、マウスを使った研究で、実際にiPS細胞から分化した視細胞を移植することにより、光がわか らなかったマウスの網膜が光に反応し、また一部のマウスでは光を使った行動ができるようになることを報告し ていますが、2018年から2019年にかけて、ヒトのESやiPS由来網膜組織をマウスやラットの網膜変性モデル に移植して変性後の網膜が光に反応することも報告してきました。

 現在は最終的な移植用の組織の品質、機能、安全性の確認を進めながら、iPS細胞由来網膜を用いた最初の臨 床研究の準備を進めています。細胞治療ではヒトの細胞をヒトに移植する、というのは動物モデルとはまた状況 が異なることも考えられるため、最初は光がわかるかわからないかといった末期の患者さんを対象として、安全 性試験として小さな移植片を移植して、まずは移植片がきちんと生着することを確認するステップから入ります。 最初ははっきりした効果は期待できないかもしれませんが、一旦安全性が確認されれば徐々に移植片の数を増や したり、中央の視野の残っている人の進行を抑えるような、保護効果も兼ねた治療、といったステップに進んで いくこともできるようになります。

 また、同時に研究室では、移植片自体の構成や形状の改良、添加因子を用いることにより、より移植後機能の 改善を向上させる試み、といったより発展的な治療を目指した研究も進めており、最初の臨床研究で安全性試験 が確認できればより発展的治療の臨床応用につなげていきたいと思っています。  今後ともご支援の程、どうぞよろしくお願いします。

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3 網膜炎症プロジェクトについて

3-1 網膜細胞移植(他家移植)に向けた取り組みについて

ヒト白血球抗原(MHC)がホモのiPS 細胞で作製した網膜細胞(RPE 細胞)をMHC が合う型の他人へ移植すれば炎症(拒絶反応)が抑えられる。

    サルを用いた動物実験
  •  ヒト白血球抗原 (MHC) がホモのiPS 細胞から網膜細胞 (RPE 細胞) を分化誘導
  • MHC 抗原が合う別のサルの網膜下へ移植(他家移植)
  • 免疫抑制剤を使用しなくても網膜の炎症 なし → 拒絶反応なく、移植細胞が生着
  • iPS 細胞を自家移植で行う場合、コストが高く、培養期間が長いという問題がある
  • iPS バンクを作製してそのバンクからMHC が合う細胞を移植で利用すればコスト、時間を大幅に削減できる
sinbunkirinuki
*クリックにて拡大
上記の結果を踏まえて、2017 年3 月に加齢黄斑変性患者5名へiPS 細胞から作製した網膜の細胞(RPE 細胞)の他家移植を世界で初めて行い、1年間の安全性は確認した

   2019 年度の研究成果目標と今後の取り組み ― 次の臨床試験は有効性を目指す 。

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3-2 眼感染症・ぶどう膜炎の新しい診断検査について

     眼局所検体を用いて眼感染症を網羅的・包括的に検査する画期的な診断法
  1. マルチプレックスstrip PCR(多項目迅速PCR): 8連(11項目)、12連(24項目)
  2. 定量リアルタイムPCR
2つのstrip PCR検査:感染性ぶどう膜炎、眼内炎、角結膜炎の原因抗原を網羅
  • 眼感染性には、ウイルス、細菌、真菌、寄生虫など多種多様の病原菌が関与
  • 近年、分子生物学の検査技術の進歩により多くの症例で診断がつくようになった
  • 眼感染性の炎症の病態は実際は複雑で、症例によっては複数の病原菌が関与している可能性あり
  • マルチプレックスstrip PCRの眼感染症検査はスクリーニング検査としてその診断に有用
  • strip PCRで陽性のものを定量PCRで再検査―検体内コピー数を定量

       2019年度の研究成果目標と 今後の取り組み ― 全国の多施設でこの共同研究を行い、成果を報告。

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4 遺伝子診断について

   網膜色素変性は遺伝子の変化が原因で起こる病気です。まだまだ原因となる遺伝子が全て解明されたわけでは ありませんが、現在までに60~70遺伝子が報告されています。より良い医療を提供するため、外来で運用可能 な遺伝子診断・遺伝カウンセリングシステムの構築と実施を目指しています。またこれまでにわかった原因遺伝 子の解析結果と患者さんの臨床情報を適切に管理するためのデータベースを構築しています。こうした情報を解 析し、原因遺伝子別の頻度、病気の進み方や症状の差、遺伝子診断法の確立、さらには、新しい治療法の研究や、 適した治療薬の選択に役立てることを目指しています。
 同時に、遺伝子の変化が原因と考えられていることから「遺伝」がかかわります。そのかかわり方は様々で、 子どもに必ず遺伝するということではありませんし、網膜色素変性の半分近くの方は親族にまったく同じ病気の 方がおられない孤発例です。遺伝子診断の結果は、遺伝のパターンが予測される結果でもありますので、患者さ んやそのご家族にとって大きな意味を持つことがあります。病気のご理解とご心配を含め、慎重な検討を必要と することもあり、遺伝カウンセラーが一緒に、検査が患者さんやご家族にとってどういう意味を持つかを検討す るための「遺伝カウンセリング」という場を設けています。

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4-1 私たちの取り組み~専門施設と共同での遺伝子診断システムの構築~

   私たちは、網膜変性疾患をもつ患者さんの遺伝子診断を行うと同時に、患者さんへの遺伝カウンセリングを行っ
ています。最先端の遺伝子解析技術を有する研究施設と共同研究することにより、遺伝子診断が確実で、コスト 面でも普及可能となるよう検討を重ねてきました。また全国の専門病院と知見を共有することにより、診療に役 立つデータベース構築事業にも取り組んでいます。

4-2 遺伝子診断はどのような方法で行われるのか?

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4-3 遺伝子診断の抱える問題と今後

   海外ではRPE65遺伝子変化によって引き起こされる網膜変性にたいして遺伝子治療が始まりました。本邦にお いても遺伝子特異的な治療の実用化に向けて、遺伝子診断がますます重要になってきています。

5 網膜変性疾患の病態の解析と創薬研究について

網膜再生医療研究開発プロジェクトでは、iPS細胞から作製した網膜組織の移植による視機能再生の研究を進 めると共に、モデル動物や患者さん由来iPS細胞を用いて病変に至る仕組みを明らかする研究を進めています。 そして、症状の進行を未然に防ぐための治療薬の探索・開発を進めています。  
モデル動物では、対象の網膜変性疾患と同様の病態を示す動物を用いて、病変に至るまでの網膜の変化を調べ ます。例えば、加齢黄斑変性では色素上皮細胞層の裏側に走行する脈絡膜毛細血管の変容により網膜が障害を受 けて失明に至りますが、変性の起点となる脈絡膜毛細血管の発達・維持をコントロールする仕組みはよく分かっ ていません。私たちは、通常のマウスと比べて脈絡膜毛細血管の形成能力が低い遺伝子変異マウスを発見しまし た。また、このマウスは老齢になると加齢黄斑変性の病状が現れる事(図1)、変性の症状が現れる前の網膜細 胞では様々な遺伝子の発現が変化している事が分かりました。

患者さん由来iPS細胞は、神戸アイセンター病院や神戸大学・東北大学など他研究機関の患者さんにご協力い ただき、網膜変性疾患iPS細胞を樹立しています。これらのiPS細胞より網膜組織(神経網膜・色素上皮細胞) を作製し、健常者iPS細胞由来の網膜組織と比較することにより、それぞれの網膜変性疾患における病変に至る 仕組みを明らかにする研究を進めています(図2)。モデル動物や患者さんiPS細胞由来網膜より各々の網膜変性 疾患の発症する仕組みや進行する過程が明らかになれば、発症の早期発見・早期治療による視機能保全効果が期 待できます。また、症状進行の抑制治療する効果の高い薬剤の開発も期待できます。現在私たちは、モデル動物 とiPS細胞由来網膜の解析から得られた実験結果より、病状の進行を抑制する治療薬の探索・開発を進めています。

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6 眼科機能解析・遠隔ロービジョンケアについて

6-1 眼科機能解析

視覚が再建された患者さんの視機能評価は、従来の視力・視野検査では不十分な場合が多く、0.01前後の視力の精査・視覚探索のための眼球運動とこれに関連する視野検査・視力視野以外の視機能検査が必要になることが想定されています。そのため、私たちはこれらについて情報収集をはかるとともに、新たな検査法についても開発を進めています。たとえば、読み速度を測定することが、視覚に障害を負った方の生活に有効なアドバイスを行う上でとても重要だと言われていますが、従来の読み速度を測定する装置では、視力が0.01程度まで低下した場合、精度良く測定することは困難です。そこで、我々は従来検査よりも低視力の患者さんに対応可能な読書評価法を開発しました。 これは、従来から定評のある読書評価法「MNREAD-J」の3文字版です。原法では、30文字からなる文章をできるだけ速く読むことで、読書速度を測定しますが、3文字版では、同じ画面により大きな文字が呈示可能となり、これまで測定できなかった低視力の方に対しても活用可能となります。また、私たちはそれ以外にも、眩しさに関連する視覚のダイナミックレンジを測定する方法や眼球運動から視野を推定する方法についても検討を始めているところです。

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遠隔ロービジョンケア

 活用可能な視覚を保有していても、その使い方がわからずにいるロービジョンの方を対象とする支援が広がってきています。 このような支援は、ロービジョンケアと呼ばれています。
ロービジョンと全盲の境界は曖昧ですので、ロービジョンケアは、視覚障害者支援を含む概念としても通用します。これは、従来から、視覚障害者のための社会福祉施設を中心に行われていましたが、その利用には身体障害者手帳が不可欠でした。近年、手帳の所持にかかわらず眼科での支援が各地で行われるようになりました。しかし、そういった福祉施設や眼科医療機関は全国に数多くあるわけではありません。しかも、視覚に障害を負った方は、どこへでも一人で行けるわけもなく、なかなかそのサービスを受けることができません。このように物理的には近所にいても、実質的には遠隔地というのが視覚障害者の実態なのです。
そこで、私たちは最近のIT機器の発展に伴って一般に使用されるようになってきたテレビ電話のアプリを使用して、 地元で当事者に直接関わる支援の方を調査員として、遠方の福祉施設や眼科医療機関の専門家を支援者として彼らを繋ぐことで、遠隔ロービジョンケアの実施可能性を模索する研究を行っています。 そして、私たちはこのような遠隔のケアシステムを、相談業務だけでなく、日常のちょっとした行動サポートに活用できないかとも考え、さらには、他人が関与せずともAIでできる範囲はどこまでかを究めていくことを視野に入れた技術開発にも手をつけ始めています。

ICTを活用した寡少専門家による地域・在宅ロービジョンケア

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7 メラノプシンプロジェクト・光リハビリプロジェクトついて

メラノプシンプロジェクト

  「目の機能は?」というと、「見ること」と一般には思うでしょう。眼は光を感知するのに特化した器官で、五 感の一つである視覚を担っています。しかし実は視覚以外の光受容機能があるのを知っていますか? 地球のほ とんどの生き物すべてにとって太陽はその生活に大きく影響します。エネルギー源であったり、季節変動をもた らしたり、昼夜リズムをもたらしたりします。そのため私たちは視覚情報とは別に光をモニターしています。網 膜で視覚の光受容を担っているのは視細胞ですが、実は網膜から脳へ出力をになっている神経節細胞の一部が視 細胞とは別に光受容能を持っているのです。これらの細胞はメラノプシンと呼ばれる光受容タンパク質を持って いて、全体的な光の量をモニタリングすることで瞳孔の大きさを変えたり、光 によって体内リズムを同調したりします(図)。我々はこのメラノプシンの光 反応を解析し、視細胞の光受容とは異なる応答特性を持っていることを示して います。このメラノプシンの応答特性を操作する(光環境をかえる)ことでマ ウスの行動生理を操作できるのではないかと考えています。

電気や人工灯の普及により私たちは自然の光とは掛け離れた生活を送ってい ます。近年ではさらにモバイルデバイスの普及により四六時中スマートフォン やタブレットによってこの傾向が顕著になり、健康への影響も阻害されています。 これらの光による「副作用」もメラノプシンを介していると考えられています。

図:非視覚機能の例。瞳孔の大きさを変えることで目に入ってくる光の量を調節してい ます。時差がある地域に行くと私たちは「時差ボケ」を経験しますが光によって体 内時計の時間を現地の時間に合わせることができます。他にも鳥類などでは季節に よって体毛を変えたり繁殖の準備をはじめたりすることが知られています(概年リ ズム•光周性はメラノプシンとは別に制御されていると考えられています)。

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7-2 光リハビリプロジェクト

視細胞移植治療によって視機能を再生するためには移植した細胞とホストの間でシナプスという神経細胞同士 の結合が必須です。私たちはQUANTOSという、客観的にシナプスの「数」とその「質」を評価できるシステ ムを開発しました。QUANTOSを使って末期変性網膜モデルマウスに移植した3D網膜のシナプス形成を調べました。 その結果、移植後に継時的にシナプスが形成される時期があり、その後少なくとも一定の期間は安定に保たれていることがわかりました。 新たに形成されたシナプスは健常な網膜の発生途上の性質を持っていて未成熟なものが多いのですが、一部成熟なシナプスも確認できました。 また興味深いことに移植後に12時間の明暗リズムで飼育したマウスは24時間暗環境で飼育したマウスよりもシナプスが多いことが分かりました。 将来、非侵襲的に移植後の光環境を整えることによって移植の効果を改善することができるようになるかもしれません。

 図 :上)QUANTOSによるシナプス検出の例。視細胞のシナプスタンパク質(視細胞のRIBEYEおよび双極細胞のmGluR)は免疫染色という手法で可視化することができる。 シナプスとして検出されたものは黄色の点でさらに成熟シナプスと推定されたものをマジェンタの丸で囲んでいる。 下)移植後網膜シナプスのシナプス形成における光の影響の効果を推定したもの。バーは推定の89%を示している。 明暗条件(LD)と暗条件(DD)の分布が大きく離れていてLDにおいてDDよりもシナプスがたくさんできることが分かる。

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8 冬眠の臨床応用について

冬眠は動物の基礎代謝が著しく下がった状態で、代謝が通常の1%程度まで低下します。このような能動的低代謝を臓器保存に応用する研究を行っています。

8-1 基礎代謝とは

哺乳類は体温を一定に保つために全身の細胞で酸素を消費しながら熱を作っています。生命機能を維持するために最低限必要な代謝を基礎代謝と呼びます。

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8-2 能動的低代謝とは

一部の哺乳類は冬期や飢餓などエネルギー源が乏しくなったときに基礎代謝をさらに下げて生き残るという戦略を取ります。この故意に省エネ状態に入ることを期間によって冬眠(数ヶ月)あるいは休眠(数時間)と呼びます。

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8-3 代謝を下げることのメリットとデメリット

基礎代謝を下げることで必要な酸素や栄養分が著しく減るので、食べ物などがなくても生き延びる可能性が高まります。 一方で、基礎代謝が低下するために体温の維持ができず、体が動かなくなるため、他の動物から捕食されやすいという難点もあります。

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8-4 冬眠の臨床応用

幹細胞から分化させた組織や臓器も生きているので代謝を保つためには栄養や酸素を供給し続ける必要があり、そのための維持費がかかります。そこで、私たちは冬眠の原理を応用し、臓器の基礎代謝を安全に下げる研究を行っています。このことで、臓器・組織の維持費が安くなり、再生医療の普及が加速すると考えているからです。冬眠の臨床応用は臓器保存に留まりません。 重症患者の搬送や、全身麻酔の安全化、あるいは病的肥満の新治療など、様々な医療分野で応用が期待されます。

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8-5 休眠に特異的な遺伝子発現

冬眠動物は入手困難であることや遺伝子の情報が乏しいことから研究対象として様々な問題を抱えています。 そこで私たちは、これらの問題点がクリアされているマウスを実験対象として用いて低代謝の研究を行っています。その第一歩として、マウスの休眠を安定的に誘導する方法を確立し、 さらに実験によって冬眠動物と共通のメカニズムを共有している可能性があることを突き止めました(図1)。

図1

また、2018年にマウスの休眠誘導を自在に行うことにより、マウスの組織で休 眠に特異的な遺伝子発現がみられることを発見しました(図2)。

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8-6 細胞培養系を用いた研究

 動物実験は実際の休眠現象を対象とした研究ができるメリットがある反面、必 要なリソースが膨大になることから、研究を加速するために動物を用いない細胞 培養実験を始めています。マウスから作ったES細胞やES細胞から分化誘導した 組織を用いて、細胞・組織の代謝を測定し、試験管の中で低代謝現象を誘導しよ うとするものです。本実験系で能動的低代謝を誘導できると、ヒトiPS細胞を用 いた実験系に移行しやすく、臨床応用の面からも有利だと考えています。

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8-7 今後の取組

マウスやマウスの細胞を使って休眠のメカニズムを明らかにすることで、冬眠や休眠を行わない動物に何が不 足しているのかを調べていきます。そして、足りないもを外部から補充することで、人間のように冬眠を行わな い動物の組織や臓器を低代謝状態に誘導することを目指します。

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9 細胞リプログラミングについて

   細胞リプログラミングチームは、特定の細胞を目的に応じて他の細胞に変化させる研究をしています。近年、
リプログラミングの基本原理を明らかにするために2つの新しい細胞リプログラミングシステムを作り出しました。
 私たちの細胞はひとつひとつにDNAとよばれる取扱説明書を持っていますが、体の中の異なる細胞や器官は、 それぞれ異なる「章」を使っているといえます。例えば、身体のすべての細胞が同じ取扱説明書を持っていても、 心臓細胞は心臓細胞について、肝臓細胞は肝臓細胞についての章を使用します。
 リプログラミングとは細胞を他の細胞に作り直すために、それぞれの細胞にDNA取扱説明書のどの章を開く べきか、どの章を閉じるべきか、という情報を与えて、新しいタイプの細胞を作ることです。

2つのシステムは次のとおりです。

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9-1 システム1

   マウス幹細胞を再プログラムし、全能性をもつ最も初期の胚様細胞に戻します。全能性とは、細胞があらゆる 細胞に分化することができることを意味し、iPS細胞よりも幅広い分化能を有します。

9-2 システム2

人間の皮膚細胞を採取し、それを目の中の重要な細胞、網膜色素上皮(RPE)に変える方法を研究しています。 RPEは眼のための支援システムで、何百万もの人々がRPEが悪くなる疾患にかかっています。私たちの研究室 は治療研究のためにRPE細胞を作製していますが、それらは非常に高価です。

私たちのチームの新しい誘導RPEシステム(iRPE)は、iPS細胞を通らずに迅速かつ低コストで細胞を作り出 すので、自家移植をより安価に早くできる再生細胞療法につながるなることを願っています。

また、私たちはヒトiRPE細胞をラットの目に移植したところ、数か月後に細胞は生着し成熟細胞になった徴 候が得られました。さらなる分析を続けなければなりませんが、これは大きな前進と言えるでしょう。

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10 ロボットとAIを駆使した細胞培養研究の自動化について

10-1 再生医療を支える基礎研究

   再生医療をはじめとして、現在多くの疾患を対象とした臨床研究や治験が行われています。ひとつひとつの臨床研究や治験は膨大な数の基礎研究の上に成り立っています。 現在の基礎研究の多くは、優れた技を有する熟練培養技術者の暗黙知やノウハウによる「匠の技」によって⽀えられています。 しかし「匠の技」は技術継承が極めて難しく、いつその技術が失われてもおかしくない、という大きな危機を迎えています。 「匠の技」の消失は基礎研究ならびにその上に立つ臨床研究や治験の消失を意味する深刻な問題です。一方で「匠の技」をうまく継承する仕組みを確立できれば、基礎研究はさらに加速することができます。

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10-2 ロボットとAI への匠の技の継承

   そこで当研究室では、汎⽤ヒト型ロボット「まほろ」を開発するロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社および、AIをはじめとした情報技術を開発するエピストラ株式会社と プロジェクトチームを立ち上げ、ロボットとAI を駆使した次世代型の生物学実験の確立に取り組むこととしました。 まほろは2本の腕を使って人と同じ道具を道具を用いて実験を行うロボットです。まほろに「匠の手」を写し取り、AIに「匠の目」を移し、これらを組み合わせることで「匠の技」をロボット・AIに継承させることに 挑戦しています。 すでに当研究室でこれまでに行われている細胞培養のうちいくつかの実装が済んでおり、その⼀部では匠を超える成果を出しつつあります。

10-3 ロボット・AI とともに⽣きる研究者

ロボットに「匠の技」を継承させた熟練培養技術者は⽤無しになるのでしょうか。どうやらそうではないよう です。これまで誰にも引き継げなかった技術をロボットに継承できたことで新しい技術の開発に取り組むことが できるようになりました。ロボットと⼀緒に研究をすることで、私たち⼈間の実験や研究に対する姿勢や意識 が⼤きく変わっています。チーム全員が結果を客観視できるようになったり、とりあえずもう1回やりましょ う、のような⾮⽣ 産的なことがなくなったりしています。ロボットやAIと⼀緒に⽣きるとはどういうことなのか、 ⼀⾜ 先にその未来を覗いています。

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11 自動運転プロジェクトについて

自動運転技術が切り開く移動弱者の課題解決

11-1 移動弱者が抱える社会課題について

   視覚障害は移動弱者でもあります。移動弱者とは障害により公共交通機関の利用や運転による移動を制約され る方を指しますが、特に公共交通の移動手段が充実している都会とは異なり、自動車が生活に必須であるケース も少なくない郊外では、運転できなくなることは仕事を失ったり、日常生活の不便に直結する重要な問題です。 一方で、最近のニュースでは高齢者や持病による悲しい自動車事故がいくつも報道されることで社会の意識が免 許返納の方向へ傾いています。

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11-2 運転免許制度と課題について

   我が国の運転免許制度では網膜疾患などで視野が狭くても視力が良い方は免許が取れます。視野が狭い方は自 動車運転時に視野の周辺部にある標識や歩行者などを見落としてしまうケースがあり事故に結びつく例もみられ ます。私たちは眼科外来で視野の狭い方には運転を控えるようにと注意を促していますが、運転をやめることで 生活が破綻してしまう恐れもあり頭を悩ませております。

11-3 自動運転技術や高度運転支援システムの実用化に向けて

一方で、科学技術の発展に伴い、自動運転のテクノロジーや運転支援システムが充実してきており、実用化が 急がれています。再生医療と同様に先端科学では科学技術と社会認知には溝があり、技術と社会の対話がとても 大切です。今回、私たちは内閣府が実施している、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期自動運転(システムとサービスの拡張)において、 「視野障害を有する者に対する高度運転支援システムに関する研究」をスタートさせました。 この課題では、視野障害を有する方々が抱える自動車運転リスクを明確にした後、高度運転支援システムが安全を確保できるかに ついてドライビングシミュレーター(図)や臨床検査データなどを用いて医学的な見地から検証していきます。 再生医療を実現した時と同じように、最先端技術を実用化するために異分野の方々(自動車業界警察庁など)と対話を重ね協力してスピード感を持って運転免許返納以外の解決策を模索していきます。

11-4 このテーマの狙い

神戸アイセンターでは、研究、医療、リハビリ(就労支援なども)を一つの組織内で有機的につなげて新しい 価値や課題解決に取り組んでいます。このテーマでは、病院で捉えた運転免許と視野障害という課題に対して、 理研がもつ技術や再生医療で得たノウハウを取り入れてスピード感を持った課題解決に挑戦しています。

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12 神戸アイセンター ~すべての人のNEXT VISIONを実現するために~

   2017年12月にオープンした神戸アイセンターは、研究・医療・患者ケア・福祉窓口・就労支援をワンストップで行える複合施設です。
  iPS細胞を用いた網膜の再生医療も他家移植という第2のステージを終え、標準治療としての可能性を追求する段階に入った今、患者さんの期待 はますます高まりますが、残念ながら初期再生医療では正常に戻るというような視機能回復を望めないため、期待の大きさに比例してロービジョンケアや術後のリハビリテーションがますます重要になります。 そのためにも神戸アイセンターで行うような先進医療とロービジョンケアが両輪として発達する必要があるのです。

間違った情報や情報不足で人生の意味を見失う人たちがいかに多いか、
その方達に正しい情報や有用な情報を何とか伝えたい。治療が及ばないとしても、
その情報で少しでも笑顔で帰ってもらいたい。ロービジョンケアは単に道具を与えるものではなく、患者の気持ちに寄り添い、人生を豊か なものにするための究極の医療とも言えるものです。
  情報を必要とする方に適切な情報をお伝えすることは情報障害を解消・ 軽減し、ロービジョンケアにつなげる一歩となります。
  その実現のために公益社団法人NEXT VISIONは医療、福祉、就労、就学、趣味と分野をこえて、全ての人が気づきと学びを得られる場所として Vision Parkを運営しています。
  Vision Parkはいるだけで癒され、何かしたいと思えば何でもできる場所です。クライミングやコンサートを楽しんだり、さまざまなイベントに も参加できます。
  また、福祉施設や教育機関などそれぞれの分野の専門家が訪れ、ご希望の相談に応じています。このようにVisionParkでは見えない・見えにくい方だけでなく、どなたでも必要な情報を得ることができ、"笑顔と元気”に触れることができます。

私たちはすべての方の“NEXT VISION(夢 や希望)”を支援するために、最新で安全な 治療、役立つ情報の提供など種々のニーズに 対応し、アカデミア・医療・産業を融合し、 研究からのイノベーションと事業化、そして、 進歩的な医療+ロービジョンケアを神戸ア イセンターから実現していきます。

 

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